ベルリンPhotoautomatクロニクル

ドイツ、ベルリンのドタバタ、サバイバル日記。

ベルリン観光:ちょっとした奇怪遺産。5月8日。トレップトアーパークの中のソビエト戦争記念碑は異様だけどド迫力あり

今週のお題「特大ゴールデンウィークSP」10連休どうだった?…ということで、ベルリンも長いイースターホリデーとその最後を飾る5月1日メーデーが終わったばかり。

 

街全体がイースターホリデーから、なんとなくダラーっと普通の日々に戻りつつあります。

普通に戻る、と言ってもやっぱりどこかリラックスしているベルリナー。

私も休日の疲れからちょっと解放されたいと思って、近所のどデカイ公園まで森林浴に行って来ました。

 

最近、ベルリンで一番の観光スポットはどこだ?という話になって、ひょっとしたらここじゃないか?と友人たちと盛り上がった場所があります。

 

それはトレップトウのソビエト戦争記念碑

でございます。

 どんな場所か、というと、こんな場所です。

f:id:photoautomat:20190509004819j:plain

 

今日はこの、ソビエト戦争記念碑についてのお話です。

 

⬛︎ソビエト戦争記念碑と、記念碑がある場所

 

Sバーン(東京で言うとJR中央線と山手線を足して2で割ったみたいな電車)のTreptower Park駅からすぐ近く、駅名通りのトレップトアパークの中にあります。

 

 

なんせ、この公園シュプレー川沿いに位置して、ボート遊びと広大な森林に囲まれたものっすごい大きな公園でベルリナーの憩いの場所なんですが。

 

 

その広大な公園の中に、かなりの大規模でソ連戦争記念のための敷地が確保されています。

その中の記念碑はthe スターリン様式

f:id:photoautomat:20190509011105j:plain

そして、ベルリンでロシア人の観光客が一番集まる場所がこのトレップトアパークのソビエト戦争記念碑なんです。

(この記念碑の反対側も同じ大きさの広場と記念碑がありますからね)

 

今日、サイクリングに行ったら、ちょうど5月8日でナチスドイツが第二次世界大戦中に降伏宣言をした日だったので、いつも以上にロシア人がたくさんいました。

ロシアにとっては大勝利の日だそうです。

 

ここトレップトアパーク自体は長い歴史を持つ公園なんですけれど(戦前には黒歴史もあり)、この公園の一部にソビエト戦争記念碑が出来てしまった理由は

ここが東ドイツ側(共産圏)だったから。

そして、東ベルリンの割と中心地に近かったため、ここにモニュメントが建設されたわけです(西側のソビエト戦争記念碑はティアガーデンの中にあります)。

 

ちなみにこの公園がある辺りのアルトトレップトウという地域は西ベルリンとのちょうど境界線にあり、当時、東ベルリンで最もセキュリティーが厳しい地域でした。

(故に匿われる必要があるようなワケ有りの人達が多く住む所だった。)

どれくらいセキュリティーが厳しいかというと、この地域の住民を誰かが訪ねてくる場合は、住民より2週間前に「訪問者の申請」を行わなければならないという厳しさでした。

戦後、旧東ドイツの多くの一等地がソ連によって接収されたわけですが、ここもそんな場所のひとつだったわけです(まあ、このあたりは国境線が近過ぎたため、一般の東ドイツ市民は絶対に近寄ることも出来なかったような場所でしたよね)。

 

 この戦争記念碑は公園の中央に位置しているんですが、ちょこっと建っている、という大きさではなく、この大きな門が中を通った反対側(全然見えないけど)にもあって、

f:id:photoautomat:20190509020626j:plain

この門と門と間にあの(大きさが)荘厳な、ド迫力の記念碑があるわけです。

 

ちなみにトレップトアパークは割とリラックスした雰囲気なんですが、ここ、ソビエト戦争記念碑の中だけは異様な緊張感があります。

 

⬛︎ソビエト戦争記念碑の中でしてはいけないこと

ちなみに私がここを巡察している警察官に聞いた話ですが、ソビエト戦争記念碑の中では(ロシア人以外が)絶対にしてはいけないことがあるそうです。

何故ならば「国際問題に発展してしまうから」

だそうです。

 

  1. ゴミのポイ捨てはいけない(当たり前だけれど)
  2. 喫煙をしてはいけない
  3. 遊んではいけない(フリスビーやスケボーなど)
  4. ピクニックをしてはいけない
  5. 飲酒してはいけない
  6. 騒いではいけない

 

一度、この建物の後ろの全然記念碑より外れの方で、ピクニックシートを敷いて友人たちがジョイントに火を付けたところ*1、警察官が大慌てで来て、

 

「ここで休んではいけない!するならソビエト戦争記念碑の外でやってくれ。ここの外なら何しても構わないから!

 

 …と移動を命じられたことがあります。

ちなみにこの親切?な警察官さん曰く

 

「ここで1〜6の行為を行うと、ロシア人が直ちに大使館に文句をつけ、ロシア大使館の領事官から直々にロシア人戦死者に対し敬意が全くない!と政府や警察に抗議行動が行われ、ちょっとした外交問題になるのだよ。だからここをパトロールする警察官にとってこれらの行為はとっても繊細な問題なんだよ。気をつけてね。」

 

だそうです。

おっしゃる通りでございまする。

でも、私たち、本当にここが敷地かどうかわからないくらいの遠い場所にいたんですけど、ギリギリ、敷地何に入っちゃってたんですね…知らぬって、罪。ごめんなさい。

 

⬛︎ソビエト戦争記念碑の最大の魅力

とにかくだだっ広い敷地にあるこのソビエト戦争記念碑ですが、慰霊碑を真に最大の魅力は何なのか?っていうのも何なのですが、それは

 

ソビエト的、共産的モニュメントがベルリンの中心に今だに残っているということ

ではないかと思います。

 

 

日本のような共産主義から正反対の国に生まれ育った私からすると、東側ベルリンや元共産圏の国々にたくさん残るプロレタリアアートやスターリン様式の建築などを見ると圧倒されるのですが、ソ連という、私が子供の時代、冷戦の時代の鉄のカーテンの反対側の別世界に支配された国がこういう世界観だったのかー、と私の子供の頃にニュースやテレビの特集でごく時々ですが、共産圏の国のこういう風景や世界を垣間見る機会があったのですが、

 

ディスニーランドの世界観と酷似しているけれど、ディスニーランドから全ての娯楽の要素を一切合切排除したらこうなる

 

…と子供心に思ったわけです。

実際、子供の時に感じたのと同じ様に、この旧共産圏のモニュメントに初めて触れたのも20年くらい前のベルリンだったわけですが

 

うわwwww夢の国(別の意味で)

 

という印象で、それは何度見ても変りません。

しかも、ここは夜の街、クロイツベルクとノイケルンとフリードリッヒスハインいう、享楽と堕落のカオス目と鼻の先ですからね。

 

例えば多磨霊園くらいの場所にこれくらい大規模のモニュメントがあるならば(ちょっと威圧的で異様ですけれども)理解出来るんですが、一応、割と中心にこれだけの大きさのものがあるとなると、改めて、

 

(「あの国が二つの政治思想によって分断され、それからベルリンの壁が崩壊し、西と東が、そして共産主義というひとつの時代が終わったということは、ものすごい出来事だったのだな…」)

 

って考えさせられる場所なのでした。

だって、もしかしたら日本もこっち側だった可能性もあったわけですからね……………

 

そして、ここに来ると、90年代にこういう崩壊した共産主義の隙間を縫って、創造されてきた面白いカオスなベルリンが作られたのだなー、と感じるのです。

 

⬛︎ベルリンの憩いの場、トレップトアパーク

そんなわけで、ちょっとした奇怪遺産、ソビエト戦争記念碑というアトラクションがあるトレップトアパークですが、実は他にもいろいろ「奇怪遺産」っぽい見所はたくさんあるんです。

例えば閉園されてから超長期間放置されている遊園地「シュプレーパーク」。

f:id:photoautomat:20190510014400j:plain

 

私が好きな工場。

f:id:photoautomat:20190510014605j:plain

トレップトアパークのことに関してはまた改めて書きますが…

 

もしこのブログを読んで、ベルリンに旅行の際に「おし!じゃあ、行ってみようか!」と思った奇特な方がいらしたら、まず、歴史とか私が書いちゃった先入観とか無しに是非訪れてみて下さい。

ちなみに、警察官の方が言ったことだけは守って下さいねー。

 

 

 

ベルリン (世界のシティ・ガイド  CITIX60シリーズ)

ベルリン (世界のシティ・ガイド CITIX60シリーズ)

 

 

 

 

 

ベルリン廃墟大全 ―ナチス、東西分割、冷戦・・・光と影の街を歩く

ベルリン廃墟大全 ―ナチス、東西分割、冷戦・・・光と影の街を歩く

 

 

ベルリン―東ドイツをたどる旅 (私のとっておき)

ベルリン―東ドイツをたどる旅 (私のとっておき)

 

 

ベルリン1945

ベルリン1945

 

 

 

*1:ベルリン市では15gまでマリファナの所持が合法です