ベルリンPhotoautomatクロニクル

ドイツ、ベルリンのドタバタ、サバイバル日記。

ベルリン生活:ベルリンで読書の秋 その5 米原万里さんという天才について語っておかなければいけない

今週のお題「読書の秋」ということで。

 

前回の「読書の秋」について書いたときに「最後」って言ったのにまた書いてしまいます。

 

photoautomat.hatenablog.comやっぱり、あれを語っておかないといけないかな、ということで「米原万里」について書きたいと思います。

 

⬛︎米原万里という人

ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが再統一する数年前でしょうか。ニュースでよく「米原万里」という名前を目にしたり耳にしたりするようになりました。彼女はロシア語の同時通訳者でした。

1980年代に、ゴルバチョフが「ペレストロイカ(改革)」を始めて、ソビエト連邦の中がなんだか慌ただしくなってきたんです。その後、1991年の「ソ連8月クーデター」が起こったあたりから、米原万里さんの同時通訳を聞かない日はなかったんじゃないでしょうか。

私は「あ、また米原万里って人が出ている」とニュースを見ながら思ったものです。

その後、ニュースにコメンテーターとして本人が登場したり、エッセイを出版したりしましたが、同時通訳やニュースのコメンテーターとは別に「小説家」として数は少ないですがパンチの効いた、他には誰も書けないような小説を世に生み出し、爪痕を残したと言い切れます。

2006年に米原万里さんは癌のためこの世を去りますが、彼女のコメントや残していった言葉はあまりに鋭くて、「米原万里」という人は死んでしまってもまだ「現在形」でこの世に居続けるのだな、と常に思います。

 

⬛︎米原万里とロシア語、共産主義

米原万里さんがどうしてロシア語が達者なのかというと、父である共産党衆議院議員にもなった米原 昶の仕事の関係で5年間チェコプラハに滞在し、チェコではもちろん「チェコ語」を話すので、地元の学校に通うこともできたのですが「日本に帰国してもロシア語は勉強を続けられる」という理由でソビエト連邦本国が直轄するソビエト学校で学んだから、というのは有名な話です。

1960年代に共産圏でロシア語を学んだ帰国子女なんて、初めて知った時はおったまげました。生きたロシア語をソビエト学校で学んだだけではなく、共産圏で生活していたわけです。そして、共産主義の終焉ともいえる80年代に豊富な知識とネイティブ並みのロシア語を兼ね揃えた米原万里が彗星のごとく現れた衝撃は偶然ではなく必然、まさに自然の摂理だったのかもしれません。

 

⬛︎米原万里という名の天才が現れたのだ

米原万里さんはお笑いエッセイをたくさん書いていまが、どれもこれも面白いんですけど、それよりビックリしたのが小説を世に出された時。「え?あのふざけたエッセイをたくさん書いている米原万里(実は、あの真面目な語り口調で同時通訳している米原万里とは別人じゃないかと思うくらいかけ離れた内容なんですけど)がエッセイじゃない本を書き、そして賞をもらった?」と「えっ?」と本当に驚いたんです。それが「嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)」でした。

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

 

これはチェコプラハで暮らした少女時代、ソビエト学校で出会った3人の友人を米原万里が探しに行き、彼女たちに会いに行く、というドキュメンタリーをまとめたお話なのですが、 楽しい少女時代には想像できなかった事実がどんどんと明るみになっていく、真実を知れば知るほど、共産党時代の暗闇のような部分が浮き彫りになってきます。私たちが知りたかった、ベールに隠された共産圏の普通の生活もさることながら、暗闇の部分もザクザクとそして生き生きと描かれています。

 

その後、また彼女がチェコで暮らした少女時代をテーマにした小説「オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)」を世に送り出し、2003年にドュマゴ賞を受賞します。この時も私は本当に驚いたのですが、それはソ連時代に犠牲になった普通の人たちの話を米原万里チェコプラハでの少女時代や彼女自身の半生を織り交ぜたような、彼女じゃなければ誰も書けない、そういう小説でした。

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)

 

 これが出た時に「この人はエッセイじゃなくてもっとこういう本を書かないといけない人だし、待っている人がたくさんいる、私ももっと読みたい」と思いました。

残念ながら、米原万里さんは2006年、長年闘病していた癌のため、亡くなってしまうのです。

⬛︎米原万里という「現象」

米原万里さんがチェコで子供時代を過ごし、ロシア語を身につけ、そして80年代という

あの世の中の節目に時代に米原万里がいたこと、 彗星のように現れたこと、これは日本にとって「米原万里という現象」が起こったと私は思います。

そして、本人の著書ではなく、周りの人が未だに彼女について語り、今の現代のキーパーソンとしても取り上げるにはやはり世の中を見抜く千里眼を備えていたからでしょう。

フランス革命以降のナショナリズムの誕生、資本主義、共産主義の闘争、そして民族紛争、宗教戦争とそれに隠れるマネーゲーム。「結局、戦前以降から続いて共産主義が崩壊しても全く解決していないし、この問題はより深刻になっていく」ということを米原万里さんは語っていたそうです。

 

 

⬛︎小説も面白いがエッセイも面白い

米原万里さんの描くロシア人の話は本当に面白いです。なんで、最初にも書きましたが、「え?この人が真面目な話を書いたの?」とビックリしてしまうのです。「ヒトのオスは飼わないの? (文春文庫)」という迫力のタイトル。ちなみに「エリツィン」が実は酒飲みで酔っ払って池に落ちた話などエリツィンに愛された米原万里ならではだし、ロシアジョークは面白くないんですけど笑っちゃうんですよね。

 

プーチンが頭角を現した現在のロシア、そして今の日本を見て、米原万里だったらどんな風に見るのかな、と思うとまた米原万里みたいな人が日本に現れたらいいな、と思います。唯一無二の存在ですけどね。そう思いませんか?